ぷれぽ

【ぷれぽ】本番の様子をレポート!演奏会〔4〕パリ、そしてウィーンから「二人のヴィルトゥオーソ」

更新日:2019年05月18日

 とうとう、待ちに待ったこの日がやって来ました!私の大好きな2人の巨匠、ヴァイオリンのライナー・キュッヒルさんと、チェロのミッシャ・マイスキーさんの競演。

 

 今年のプログラムはもちろんどれも素晴らしい内容ですが、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団とウィーン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターを45年間も務め、気品に満ちた演奏でソリストとしても世界中で活躍しているキュッヒルさん(ちなみに奥様は日本の方で、大の親日家としても知られています)と、豪快なルックスと叙情性あふれる演奏で、これまた世界中にファンを持つマイスキーさん。この二人の競演なんて、そうそう見られるものではありません!

 

 

 平日の夜でしたが、客席はほぼ満席。この国際音楽祭にも何度か出演しているお二人なので、本県にも固定ファンがたくさんいるようですね~。

 

 最初はマイスキーさんのソロ演奏。トレードマークにもなっている白い巻き毛のロングヘア―をなびかせ、最近では定番の胸元の開いたゆったりとしたシャツをはおって舞台へ登場です。

 

 

 曲はバッハ「無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調」。マイスキーさんがゆったりとプレリュードを奏で始めると、音の揺らぎが空気を変えていきます。一音にどっしりとした重みがあり、郷愁を感じさせるマイスキーさんの音色。会場を包み込んでいるようですね!

 

 バッハがドイツのライプツィヒの北西にある小さな城下町・ケーテンで宮廷楽団の楽長を務めていたときに作曲したというこの組曲。この時期にバッハは最初の妻を亡くし、再婚したそうです。音色にどこか哀しみがにじんでいるのは、もしかしたら亡くした奥様を偲ばれていた時期に作った曲なのかもしれません。マイスキーさん自身、バッハをとても敬愛していると、インタビューか何かで読んだことがありますが、その愛情と憧れをバッハに向けて語り掛けるような姿が印象的でした。

 

 続いて、キュッヒルさんのソロ演奏です。マイスキーさんとは対照的に、きっちりと燕尾服を着込み、すっと背筋の伸びた歩き姿も美しく登場したキュッヒルさん。笑顔で一礼し、最初の一音を奏で始めた途端、またもや会場内の空気が一変しました!

 

 

 曲は同じくバッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調」。私のような音楽に詳しくない人には、ともすれば単調に聞こえてしまうバッハ(と言っても私はバッハの曲は好きなのですが)だと思いますが、今宵のキュッヒルさんの演奏は見事の一言!個人的には、キュッヒルさんの音色にはいつも典雅さと深い慈愛を感じるのですが、今日はそこにいつにも増して「心」が込められているように聞こえます。

 

 この曲もまたバッハの代表曲で、難曲として知られる「シャコンヌ」を含む作品。やはりケーテン時代に作られたものですが、若いころからバッハの才能が抜きんでていたことが分かる名曲ですね!しかしながらキュッヒルさんの弾きぶりの素晴らしさ!一音一音変化する「色」は、まるで人間の一生をすら感じる雄大さ。観客の皆さんも、息をすることすら忘れて一心に聞き入っているのが分かります。

 

 演奏が終わった後の拍手が一瞬遅れたのは、会場全体がこの余韻をいつまでも残していたいという気持ちの表れかもしれません。

 

 休憩時間も、ホワイエでは巨匠二人の演奏の話題で持ちきり!「今夜、この演奏が聞けたことが一生の思い出」「ほかにはどんな演奏も聞かなくていい」などなど、皆さん興奮されていたようです。

 

 後半は、ピアノにマイスキーさんの娘・リリーさんを迎えてのチャイコフスキー「ピアノ三重奏曲 イ短調 作品50『偉大な芸術家の思い出に』」。チャイコフスキーが、一時期は仲違いしていたものの、生涯かけて親交を結んだモスクワ音楽院院長、ニコライ・ルービンシテインを偲んで書いた作品です。

 

 リリーさんを先頭に3人が登場すると、前半の演奏からいっそうの期待が込められた拍手で会場が湧きます。

 

 

 マイスキーさんとキュッヒルさんが、椅子に腰掛ける前に微笑み合う場面もあり、互いへの尊敬の念が表れているようでぎゅっと心をつかまれました…。

 

 曲はニコライへの敬慕、楽しかった思い出や、心が離れていた時期のつらさ、怒りなど実に多彩な心情が、二つの主題を変化させて奏でられていきます。全体的に大きなエネルギーを必要とする曲なので、リリーさんの若々しい演奏が引き立ちます。それを、巨匠二人が受け止め、投げ返し、包み込む三重奏。演奏中、リリーさんのソロ演奏を見守り、またマイスキーさんのソロ演奏では一緒にリズムに乗って楽しげにしているキュッヒルさんの様子がとてもやさしい雰囲気。対照的に、マイスキーさんはすっかりキュッヒルさんの演奏に身をゆだね、絶大な信頼を置いているのが見て取れました。

 

 この、聴き手にとっては幸福に満ちた時間も、深い悲しみを伴う葬送の道行を表すピアノのソロでゆっくりと静かに幕を閉じました。たっぷりとした余韻のあと、会場内は本日一番の万雷の拍手。3人が抱擁し合い、肩を抱き合っています。「ブラヴォー」の声が掛かり、立ち上がる観客。鳴りやまない拍手の中退場する際には、キュッヒルさんとマイスキーさんが先を譲り合い、結局仲良く手をつないで退場する微笑ましい場面も♪3人は、なんと4度もカーテンコールに応えてくれました!

 

 

 まさに奇跡のような、この夜。来場した観客の皆さんの心に深く刻まれた演奏だったと思いますが、私自身にとっても、一期一会の宝物のような時間になりました。(文:劇場レポーターのPyonさん)

 

 

Photo:K. Miura